2023年6月20日にソニーグループの有価証券報告書が公表されました。
有価証券報告書とは、金商法で公表が求められている上場企業の詳しい決算資料です。
上場企業の決算情報はまず「決算短信」で一報が報じられ、次に経営陣が決算説明会でその内容について説明します。
それから数か月後、最終の決算資料として発表されるのが有価証券報告書です。
この報告書は監査法人のチェックの対象となるため、公開が一番最後になります。
ソニーグループの有価証券報告書は257ページにもわたります。
この記事では、ソニーグループにおける今年度のアニメ事業について、有価証券報告書から紐解いていきたいと思います。
0. ソニーのアニメ事業を語るうえで基本的なこと
ソニーのアニメ事業としてよく聞く言葉は「アニプレックス」や「クランチロール」ではないでしょうか。
これらの事業のグループ内の位置づけについて整理しましょう。
注目したいのは、アニプレックスは音楽分野、クランチロールは映画分野に属しているということです。
1.アニプレックスの違約金はあったのか?音楽分野を見てみよう
ソニーグループでは、音楽分野を以下の事業区分に分類しています。(P.7)
- 音楽制作:パッケージ及びデジタルの音楽制作物の販売,アーティストのライブパフォーマンスからの収入
- 音楽出版:楽曲の詞、曲の管理及びライセンス
- 映像メディア・プラットフォーム:アニメーション作品及びゲームアプリケーションの制作・販売,音楽・映像関連商品のサービス提供
また、音楽分野の主要会社として㈱ソニー・ミュージックエンタテインメントを認識しています。
このことから、アニプレックスは「映像メディア・プラットフォーム」に属していると判断できます。
(ちなみに、映像メディア・プラットフォームの利益貢献は、音楽分野の営業利益の1割台半ば程度だそうです。※)
では、今年度の「映像メディア・プラットフォーム」の業績を見てみましょう。
2021年度が2,314億円だったのに対し、2022年度は2,030億円と前年度から284億円も売上が減少しています。
また、有価証券報告書にも「アニメ事業の収入減少による映像メディア・プラットフォームの減収があった」と記載されています。
さて、アニメ事業の売上が減少したとわかりますが、はたして違約金はあったのでしょうか?
というのも、今年度はアニプレックス作品の放送・配信が延期されたことから、「違約金が発生した」という噂が流れています。
この資料からは、少なくとも「アニメ事業の売上減少は違約金とは一切関係ない」とわかります。
なぜなら、違約金は発生したとしても「売上」自体は変わらないからです。
売上は「お客さんに商品・サービスを販売して入ってきたお金」を指します。
仮に違約金が発生したとしても、「お客さんに商品・サービスを買ってもらった金額」自体は変わりません。
もし売上に変化がないのにアニメ事業が赤字になった場合は違約金を疑ってもいいでしょう。
ですが、会計的に考えても「売上減少と違約金は無関係」なのです。
では違約金があったかどうかはどのようにしてわかるのでしょうか?
それは、7月頃に発表される「決算公告」がヒントになるかもしれません。
すべての株式会社は会社法により一部の財務情報を公開することが義務付けられています。
アニプレックスの場合、2021年度は資産・負債の情報に加え、売上・利益の情報も公開されました。
これらの情報を今年度の決算公告と比較することで、何かがわかるかもしれません。
2. クランチロールの買収が与えた影響は?
さて、クランチロールが属する映画分野の業績はどうなっているのでしょうか?
まず、ソニーグループでは映画分野を以下の事業区分に分類しています。(P.7)
- 映画製作:映画作品の製作・買付・配給・販売
- テレビ番組制作:テレビ番組の制作・買付・販売
- メディアネットワーク:テレビネットワーク、DTC(Direct-toConsumer)配信サービスのオペレーション
今年度の映画分野の業績をまとめると、以下のようになります。(P.43)
- 米ドルベースでは前年度より8%の減収
- 一方で、以下の増収要因と相殺されている
- 要因①:テレビ番組制作における作品の納入数の増加
- 要因②:米テレビ制作会社を複数買収したこと
- 要因③:Crunchyrollの買収の影響を含むアニメ専門DTCサービスにおける増収
つまり、「前年度にヒットした作品が多かった分今年度は売上が少なくなったが、Crunchyrollが売上に貢献したことなどにより、ダメージは少なくなった」と言い換えることがいえるでしょう。
現に、クランチロールが属する「メディアネットワーク」は前年度から665億円も売上が増加しています。
3. クランチロールの買収経緯
2021年8月9日、ソニーの完全子会社であるSony Pictures Entertainment Inc.(以下「SPE」)は、Funimation Global Group, LLC(以下「Funimation」)を通じて、AT&T Inc.の子会社でアニメ事業「Crunchyroll」を運営する Ellation Holdings, Inc.(以下「Ellation」)の持分の100%を取得しました。Funimationは、SPEと株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント傘下の株式会社アニプレックスとの合弁会社です。本取得の対価135,938百万円(1,237百万米ドル)は、現金により支払われました。本取得の結果、Ellationはソニーの完全子会社となりました。2022年2月24日、Funimationは社名をCrunchyroll, LLCに変更しました。
- P.230
ソニーグループは、ファニメーションを通じてクランチロールの運営会社を買収しました。
100%の株式を取得し、クランチロールの運営会社はソニーグループの完全子会社となりました。
また買収に際して、700億円以上のコンテンツ資産・その他の無形資産を計上しています。
コンテンツ資産・その他の無形資産には主にライセンス契約や顧客関係が含まれており、ソニーはこれらも取得したことになります。
ちなみにソニーは、国際協力銀行の協調融資制度を活用し、クランチロールの買収資金の補填を目的として、複数の銀行から1500億円以上もの長期借入を行っています(流動性確保のため。約1,175百万米ドル相当)。(P.196)
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アニメの制作サイドはもちろん、メーカープロデューサー、宣伝、ライセンス、グッズなど製作側の仕事まで解説している良書です。
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4. これからのソニーのアニメ事業
さて、今後のソニーのアニメ事業戦略はどのようなものなのでしょうか?
- クリエイターへの還元
- 音楽、映画、ゲーム、アニメなどの領域でのクリエイティブの強化のために、クリエイターに近づき、(中略)『感動』を創る力への投資を実行。(P.14)
- アニメに特化したDirect-to-Consumerサービス『Crunchyroll』は、視聴データをクリエイターに還元。 (P.15)
- 自社で多くの地域・ユーザーにリーチする
- アニメ、ゲーム、インドなど、コミュニティが生まれる特定の領域においては自社で『感動』を届け、ユーザーから学び、クリエイションに活用。(P.15)
- Funimation及びCrunchyrollの二つのアニメ配信ブランドを連携させることで、ファンを重視したサービスをより広く提供することが可能となりました。(P.230)
- 二次利用の強化
- マーチャンダイジングや海外販売の拡大及び制作力強化によるアニメ事業の成長(P.42)
- Crunchyrollは、2022年度には、アニメグッズの販売会社Right Stuf, Inc.の買収を通じてファン向けのeコマースサービスを強化しました。(P.43)
- 異なる分野間(音楽分野と映画分野)の連携
実質アニメ業界一位のソニーグループ、某業界人はアニプレックスを「天界に住む人々」と表現したほどです。
今後もソニーのアニメ事業の成長に期待したいです。