みなさんこんにちは。
このたび、@blanknote さんが主催する会計系 Advent Calendar 2024 に参加させていただくことができました。
そうそうたる会計の猛者が名を連ねているなかで大変恐縮です。
今回は、アカデミックな観点から文章を書こうと思います。
私は大学院でアニメビジネスの研究をしており、ここ最近はアニメコンテンツの資産としての価値について検討することが多かったです。
アニメコンテンツは形のない資産、つまりは無形資産です。
(会計上は棚卸資産として計上されるので、財務諸表上は有形か無形かが分かりにくいですが)
今回は、無形資産についてこれまでどのような研究が行われたかを見ていきましょう。
この文章を読んでいる人は少なからず会計に興味がある人かと思いますので、会計の基本的な知識があることを前提としています。
(色々記憶を頼りに書いている部分もありますので、正確な情報を知りたいときは原著をご確認ください。)
無形資産の研究の焦点
無形資産のこれまでの研究では、費用として計上される支出が資産としての性質をもつのではないかという点が盛んに議論されてきました。
資産の性質とは、「将来の収益獲得に貢献するか」というものです。会計の用語でいうと、経済的資源ですね。
現行の日本の会計基準では、研究開発費や広告宣伝費は費用計上することになっています。
しかし、こうした支出は将来の収益獲得に貢献する可能性があります。
研究開発の末に製造した商品で将来の売上を獲得することができます。また広告や宣伝のおかげで広い消費者にリーチでき、将来売上が伸びることもあるでしょう。
将来の収益獲得に貢献するならば、資産計上するのが妥当ではないのでしょうか。
現状はこれらの支出に不確実性が存在する(すべての支出が100%将来の収益獲得に貢献するとは限らない)ため、保守主義の観点から費用計上が行われています。
一方、将来の収益に貢献するものであるにもかかわらず当期に一括で費用計上してしまうと、費用収益対応の原則に沿っていないことになります。
また、これらの支出が無形資産として財務諸表に計上されないことから、企業価値と簿価に乖離が生じています。
もし無形資産が正しく財務諸表に計上されていれば、財務諸表上の簿価と企業価値は等しくなり、株価純資産倍率 (Price-to-Book ratio; P/B ratio)は1になるでしょう。
(これは極論かもしれませんが、無形資産研究の世界ではよくP/B ratioが引き合いに出されます。)
ですが、例えばコカ・コーラ社のP/B ratioは10.9であり、ブランドという無形資産が財務諸表から欠落しています(Penman, 2023)。
無形資産が財務諸表上に計上されていないため、投資家がその価値を認識できず問題視されています。
費用は資産としての性質を持つか?
研究開発費
研究開発費が資産としての性質を持ち、将来にわたって収益獲得に貢献しているかという研究は、Lev and Sougiannis (1996)が代表的です。
この研究では1975年から1991年までのR&Dが重点的な上場企業(アメリカ)をサンプルとし、研究開発費を資産計上したときに将来の営業利益と関係があるかという研究を行いました。
研究開発費を資産計上するとき、単に支出を足し上げていくだけではいけません。それぞれの年の積み上げた研究開発費(資産)について減価償却を行う必要があるからです。
減価償却を行うために、償却率と償却期間を推定します。償却率の計算では、R&Dを積み上げた資産に対して、当期のR&D支出がどれほど貢献しているかという比率を利用しています。
ただ、この研究で使われている手法の説明がすごく難しい。計量経済学という統計の領域で、複雑な推定をいくつも行っています。
(論文ではいくつも式が出てきますが、一番基本的なモデルは以下の通りです。理解しなくて大丈夫です。)
結果だけ要約すると、R&D を資産計上した場合、その資産と将来の営業利益に正の関連があることが分かりました。(つまり、価値関連性が認められたということです。)
同様の研究でも、研究開発費の資産としての性質が実証的に確かめられています。
広告宣伝費
Hirschey and Weygandt (1985)は、広告宣伝費を費用処理するのではなく、資産として計上し、一定期間にわたって償却すべきかどうかを検証しました。
具体的には、広告宣伝費がQレシオという指標に影響を与えているかを分析しています。
Qレシオとは、企業価値を有形資産の再調達原価で割ったものです。要は、企業価値と有形資産の比を表しています。
もしこの比が1:1ならば、企業価値は有形資産の100%反映していることになります。
しかし、もし企業価値>有形資産の場合は、企業価値と有形資産の差に何かが含まれていることになります。
その何かが、無形資産(ここでいう広告宣伝費)を指しているのではないかと考えているのです。
この論文では広告宣伝費だけでなく研究開発費も併せて、無形資産として差に含まれているのではないかと議論しています。
1977年のFortune 500のうち、390企業をサンプルとして先ほどのような統計的な分析を行いました。
その結果、広告宣伝費(正確には広告集中度; advertising intensity)とQレシオには正の関連性があるという結果が出ました。
他にも追加的な分析が行われ、結果的に広告宣伝費は無形資産としての性質をもっており、資産計上して減価償却を行うべきであると結論づけています。
販売管理費
Banker et al. (2011)も、Lev and Sougiannis (1996)と同様に販管費を資産計上したときに、収益との関係性を検証しています。
この研究がLev and Sougiannis (1996)に沿っているということもあり、償却率と償却期間についても推定を行いました。
分析の結果、販管費を資産計上したとき、将来の利益と正の相関があることが分かりました。
償却の期間については業界ごとに推定値が異なり、アパレル業界や電気・電子機器業界については3年ほど、ドラッグストア業界やエンタメ業界、ヘルスケア業界などについては5年ほど販管費の効果が持続することが分かりました。
(論文では34もの業界について償却すべき期間を推定しています。)
販管費についても研究開発費や広告宣伝費と同じく、資産計上して毎年償却するべきであるという結果が出ています。
では、会計基準は変わるのか?
以上のような先行研究をもってしても、これらの費用を資産計上する日は当分の間来ないでしょう。
どうしても不確実性が含まれているため、保守主義の現行下では資産計上することはないでしょう。
しかし、これまでの研究のようにこうした支出は将来の収益とも関係性があることから、その価値は投資家に知られるべきという意見が出ています。
そのひとつの方法が、任意の開示です。
別に財務諸表上に無形資産が計上されていなくても、企業が統合報告書などで開示をすればよいのです。
投資家は任意開示から無形資産の価値を判断し、投資判断を行うことができます。
実際、無形資産の開示というテーマでは、知的資本(Intellectual capital)について開示を行うことによる効果が多く研究されています。
知的資本とは、情報、知的財産、知識、技術、顧客関係といったものを指します。
どれも他社による複製や代替が難しいものです。
これらを開示することにより、株価にどのような影響がでるのかといった研究が行われています。
また、昨今はサステナビリティの支出についても無形資産として扱うことができるのではないかという意見がでてきています。
いずれにせよ、無形資産の研究は転換期を迎えているといえるでしょう。
無形資産の計上について会計基準を変更するよう求める数々の研究の不協和音を繰り返すよりも、研究者が焦点を当てるべき真の問題は、現在の状況に基づくものでなければならない。(Hussinki et al., 2024)
正直私も、これからどれだけ研究が進んだところで研究開発費や広告宣伝費、販管費が資産計上される未来は見えないです。
その他の財務諸表に計上されない支出についても、任意の開示でカバーするほうが早いのではと感じるところです。
(IFRSでは研究開発費の「開発」部分については資産計上が強制規定となっていますが、それでも「研究」の部分は費用処理していますし)
任意開示は会社によって開示する項目が全く異なるので、研究者としては他企業間・時系列間での比較が難しいです。
ですが、そんなことは一般の投資家の人からしてみれば関係なく、とにかくより多くの情報を開示した方が投資判断に役立つわけです。
というわけで、ぜひ多くの企業には財務諸表上に乗らない無形資産についても積極的に開示してもらいたいなと思います。
参考文献
Banker, R. D., Huang, R., & Natarajan, R. (2011). Equity Incentives and Long-Term Value Created by SG&A Expenditure*. Contemporary Accounting Research, 28(3), 794–830. https://doi.org/10.1111/j.1911-3846.2011.01066.x
Hirschey, M., & Weygandt, J. J. (1985). Amortization policy for advertising and research and development expenditures. Journal of Accounting Research, 23(1), 326. https://doi.org/10.2307/2490921
Hussinki, H., King, T., Dumay, J., & Steinhöfel, E. (2024). Accounting for intangibles: a critical review. Journal of Accounting Literature. https://doi.org/10.1108/jal-05-2022-0060
Lev, B., & Sougiannis, T. (1996). The capitalization, amortization, and value-relevance of R&D. Journal of Accounting and Economics, 21(1), 107–138. https://doi.org/10.1016/0165-4101(95)00410-6
Penman, S. (2023). Accounting for intangible Assets: Thinking it through. Australian Accounting Review, 33(1), 5–13. https://doi.org/10.1111/auar.12394